Vol.154 維新圧勝の統一選 再生を期すヒントは…

「ネットの世界は、それこそ別空間」「もうひとつの社会」だと我を忘れそうになるぐらいネットの世界では、維新のフェイクともいえるつぶやきが矢継ぎ早だ。

しかし、それほど偏見や誤解、歪曲された話が垂れ流されている。部落解放同盟のことを“解同”と縮小して表現されるケースは聞いたことがあるが、最近、ネット上では、“部解同”と言われており、「連合と部解同が応援する小西、柳本に勝たしたら、また悪夢の大阪府政、大阪市政に逆戻りする」とネット上で拡散されている。

選挙結果も推して知るべしで、維新の圧勝となった。わが組織内候補も浪速の森山くんが当選を果たしたが、それ以外の組織内候補は惜敗した。「大阪の成長を止めるな」と連呼し、都構想への再挑戦だけで選挙戦を闘い抜いた維新政治が大阪を席巻することとなった。「対立ではなく協調を」と訴えた小西氏、柳本氏は惨敗した。選挙争点は、単純であればあるほどわかりやすいのか・・・維新は、都構想に対して、対案のない反維新候補というレッテルを最後まで貼り続けた。また、自民、公明以外の立憲や国民、共産、さらには、連合大阪とわが解放同盟に至る連合体を野合と叫び続け、10年前の大阪に逆戻りさせないとうそぶき続けた維新が勝利した。

荒唐無稽(根拠がなく中身もない非現実的なこと)な空中戦だと思う。中身のない野合批判だと思う。繰り返される吉村氏と松井氏の言葉のほとんどがフェイクだとさえ感じる。しかし、有権者にはその言葉が改革に映ったのか維新が圧勝という結果となった。

大量に運動員の力を借り、全戸配布や電話作戦、個別依頼などこの二十年〜三十年の間、選挙スタイルは繰り返され続けてきた。その間に維新側は、SNSを駆使しとくに若者の関心を引くようなキーワードで繰り返し情報を拡散させ、一定の世論を形成させてきた。その差が選挙結果に表れた。大阪府知事選、大阪市長選、そして府議選、政令市議選のすべてを維新候補擁立で貫いたことも、選挙戦を有利に運ぶという結果となった。

十数年前の太田知事府政の時代、關大阪市長の時代に財政再建という大きな流れが大阪に押し寄せ、さまざま事業が見直され、補助金の大幅な減額やカット、事業費の縮減という時代を迎えた。とくに大阪市内は、一連の不祥事も重なり、同和事業そのものの見直しが大胆に提案され、大幅な事業廃止と改編という一方的な廃止・縮小が矢継ぎ早に強行された。

それまでの大阪市長選挙は、護送船団と言われても仕方ないほどの相乗り、それこそ非共産の“野合”ともいえる一大勢力で選挙戦を闘い抜くという方式を続けてきた。誰もがどこかで改革しなければ、財政が破綻に追い込まれるという問題意識は、共有されていたにもかかわらず、それを棚上げ、先送りしてきた“ツケ”が維新政治の登場で一掃された格好となった。ほとほと悔いが残る。

あらためて大いなる反省が求められているようだ。わたしたちが思っている以上に世間は冷たく、部落解放同盟に対する信頼はきわめて低いと認識すべきだ。連合大阪や自治労、立憲民主党や国民民主党からもそれなりに信頼され、それなりの勢力として認知されていると自負していたことが、恥ずかしいほど、世間の風評は、いまだ利権集団として色眼鏡で見られているようである。不祥事を猛省し、信頼回復のため、世のため、ひとのために奮闘してきた現実は、いまだ広がっている様子はなく、むしろ暴力と利権というレッテルを払拭できていない発展途上だと認識すべきであろう。

前半戦の組織内候補5名の奮闘、本当に心から敬意を表したい。また、各支部や関係団体のメンバーにも奮闘していただいた。感謝を申し上げるところである。しかし結果は、敗北だ。わたしたちの政策は支持されず、有権者の心には届かなかった。だからといって、○か×か、シロかクロか、右か左かという二者択一な政治を選択するわけにはいかない。勝ったから正しいという問題ではない。また、正しいから勝ったわけでもない。大阪市議選に生野区の武くんと住之江の松崎さんが当選を果たしてくれた。せめてもの朗報である。彼等ふたりは党に所属することなく、無所属で出馬した。維新対自民という知事選・大阪市長選とは無関係に黙して語らず自分たちの選挙に没頭して勝利を見事飾ってくれた。つまり、党に吹く風という選挙に頼ることなく、ひたすら政策を訴え、自分が市議会に必要だと訴えた。これが有権者の心を捉えた。こんなことをヒントにもう一度再生を期そう。後半戦奮闘を訴える。