差別を引き継ぐ「仕組み」 ある結婚差別事件から

水平時評 府連書記長 赤井隆史
「あのまま結婚していたら私も差別する側になっていたかもしれないと思うと恐ろしい」とA子さんは語った。
1999年の夏。兄と妹のきょうだい二人が、大阪府連(以下、府連という)の事務所を訪ねてきた。妹のA子さんの婚約者の両親が、A子さんの近辺の身元調査をおこない、兄のつれあい−つまり義姉の実家が被差別部落と同じ地名の所に住んでいることから「部落と関わりのある人とは結婚させられない」と反対されたというのだ。

いったい、A子さんの個人情報を、どのような理由で婚約者の両親が知ることとなったのか。府連は、A子さんの個人情報が不正に入手されていた可能性があることから調査を開始。調査の結果、判明したことは、現職の大阪府警警部補が捜査照会書を偽造してA子さんの個人情報を不正に入手していたことだった。また、この警部補が個人情報である戸籍謄本や住民票を金融業者に渡していたことが判明し、有印公文書偽造・同行使の疑いで逮捕された。A子さんの戸籍謄本や住民票を受け取った金融業者は、それを興信所へ横流し、さらには、婚約者の両親の手元に渡ったという事件であった。

つまり、A子さんは、義姉の実家が被差別部落の近くにあり、地名も同じだからという理由で、結婚に反対されたわけで、A子さん自身にとって見当もつかない、まさに身に覚えない理由で、結婚に反対されたということになる。では、なぜ、A子さんの住所や義姉の実家が相手方にわかったのかというと、婚約の段階で、両者の家系を示す“釣書”が交換されていたからである。この釣書をもとに興信所が身元調査を行い、義姉の実家まで調べることとなり、「部落の近くで同じ地名に居住している」ことが判明したのである。

A子さんは、「私も差別する側になっていたかも知れない」との感想をもつに至った理由について、釣書が交換され、A子さんの身元調査に部落との関わりがなかった場合、「なんの疑いもなく、私は結婚していました。そして、何の抵抗もなく、今度は自分の子どもの結婚に“釣書”を交換し、それが差別とは気づくことなく、相手の身元を調査していたと思います」と語ってくれた。「好きな人と結婚できなかったことは残念だったけど、相手の身元を調査することが差別につながることになることを教えてもらった。人生にとっていい経験でした」と語っている。

そもそも被差別部落出身者が直接経験する差別事件は氷山の一角といわれている。上記のケースでもわかるように、結婚の際に相手の身元について、“聞き合わせ”をする行為や“釣書の交換”などは、頻繁に行われている可能性が強い。そこでほとんどのケースは、「お互い調べた結果、問題がなく」結婚に至るケースが多いといわれている。この“聞き合わせ”や“釣書交換”によって相手側に部落の関係者が存在した場合、結婚が破談になり、ここではじめて人権侵害の実態が明らかになるのである。

相手側に被差別部落出身者に遭遇するケースはそれこそ、“まれ”である。ほとんど問題なく、結婚にまで進展しているのではないだろうか。しかし、その結婚には紛れもなく、“聞き合わせ”があったし、“釣書の交換”という身元調査まがいの差別につながるシステムが組み込まれていたことは事実である。ひとつの結婚というケースに巧みに組み込まれている差別につながる可能性の強い風習・慣習がいまもなお、引き継がれていく差別の歴史でもある。