Vol.278 「地対協」意見具申から28年 国際基準を満たした救済機関を

28年もの時間が経過したことになる。
1996年に、特別対策時代の最終段階を迎え、国は「地域改善対策協議会」(以後、「地対協」という)から「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基本的な在り方について」と題した意見具申が提案された。言うまでもなく特別措置の同和対策の最終段階を迎えた国の考え方が示されたわけだ。その「地対協」意見具申は、大きく3つのことを提案している。

その一つ目は、従来から進められてきた同和地区を特定し、そこに特別措置でもって環境改善を中心とする同和行政における特別対策の考え方をあらため、特別対策から一般対策への移行し、工夫をこらした同和行政が展開されるよう求めていくこと。二つ目には、差別意識の解消のためには、人権教育および人権啓発の推進が今後ますます重要となると言うこと。そして、三つ目には、被差別部落当事者が、差別や人権侵害を受け、平穏な生活に支障を来たすなど、被害を受けた当事者に対する救済等の対応の充実強化を求めることの3つが基本方向として提案されている。

一つ目の「特別対策から工夫をこらした一般対策への移行」については、具体的な同和行政の方向性が国から示されたわけではなく、都道府県においても明確な指針が2002年度以降確立されていたわけでもない。わが方からの要求や交渉が積み重ねられ、ここに来てようやく「同和行政基本方針」の策定や「同和行政推進指針」といった同和行政の基本方向が、定められようとしてきている。しかし、現実においては、同和地区の貧困と社会的排除は拡大傾向にあり、少子高齢化の進行、ひとり暮らし高齢者の増大、子どもの貧困と若者の部落離れによる人口減少など、日本の地域課題の縮図として同和地区に累積され続けてきているという課題は手つかずのままだ。

二つ目の「差別意識の解消に向けた教育及び啓発の推進」については、2000年に「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」(略「人権教育・啓発推進法」)が成立している。「地対協」意見具申が求めた同和問題の早期解決のためには、差別意識の解消はもとより、それを人権教育と啓発という分野で最大限推進していくという目的の具現化こそが、「人権教育・啓発推進法」として結実したことを理解しておくことが重要である。またその際、法律の所管が法務省と文部省となっており、衆参の付帯決議で、「人権政策は、政治の根底・基本に置くべき重要課題であることにかんがみ、内閣全体でその取り組みに努めること」と指摘されている。人権という普遍性を持つ分野は、法務省主体ではなく、内閣府の中に人権庁を置くなどの機構改革が当時からも指摘されており、今後の人権行政の方向にとってもきわめて重要な指摘でもある。

三つ目の「人権侵害による被害の救済等の対応の充実強化」という点が、一番急がなければならない課題でもありながら一番進んでいないという問題であることを強調したい。たしかに2002年から三度国会に上程された“国内人権機関の設置”を求めた法律ではあるが、現実として成立しておらず、最近は個別法で対応するという方向に舵が切られている。

「人権擁護法案」「人権侵害救済法案」「人権委員会設置法案」と閣法として三度国会に上程されながら成立できていないのが現状である。しかも2016年からは、「障害者差別解消法」からスタートし、「ヘイト」、「部落」、「アイヌ」、「LGBT」と個別マイノリティ法が成立しているが、すべて議員立法による法律であり、潤沢な予算が計上されているわけでもなく、しかも宣言的な理念法の枠組みを超えるものともなっていない。国連の「ビジネスと人権」の作業部会報告、さらには、国連人権理事会からの勧告など、「人権救済機関の設置」は、いまや国際的な責務として日本での設置が求められているなど、人権後進国のレッテルが拭えないほどの後退ぶりである。

“人権救済機関の設置”をめぐり、当時論争となった「人権侵害の定義があいまいである」という指摘や「人権委員会(仮称)の設置を法務省、内閣府いずれの外局とするのか」といった議論、さらには、権限や公権力による人権侵害への対応、報道の自由の担保、人権擁護委員の国籍条項問題、法案の名称問題など、20年近くの時間が経過とした現段階において、明確にしなければならない課題が山積みでもある。立法府だけの責任にしてはならない。マイノリティ当事者としてもこうした課題に真正面から向きあい国際的にも国内的にも人類が到達した現段階における最高の“人権水準”を満たした「人権救済機関の設置」を求めていこうではないか。すべての関係者への奮起を訴えたい。

※地対協意見具申を1986年としていましたが、1996年の誤りでした。お詫びして見出し、本文ともに訂正します。